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特別対談

あらゆる価値が循環する社会を目指して
- メルカリの進化する取締役会

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社外取締役

冨山 和彦

社外取締役

篠田 真貴子

メルカリは2023年9月、コーポレートガバナンスの強化を図るため「監査役会設置会社」から「指名委員会等設置会社」体制へと移行しました。指名委員会等設置会社とは、メンバーの過半数が独立社外取締役で構成される指名委員会、監査委員会、報酬委員会を設置する株式会社のこと。執行役が業務執行の意思決定を行い、取締役会はモニタリングボードとしてその監督を行うことで、執行機能と監督機能を明確に分離するガバナンス体制となります。メルカリでは執行役の意思決定をよりスピーディに行いながらも、取締役会の監督機能を強化することで、健全なリスクテイクを支える体制構築を図ろうとしています。今回は2020年9月より社外取締役を務める篠田真貴子と2023年9月から社外取締役に就任した冨山和彦の対談を通して、メルカリの目指すミッション「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」の達成に向けて、取締役会が果たす役割やステークホルダーから期待されてることについて明らかにしていきます。

新体制移行によって進化した
取締役会のあり方

——2023年9月にメルカリは監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へと移行しました。取締役会のあり方も変化したと伺っていますが、実際はいかがでしょうか。
よりシャープかつ
活発になりましたね

篠田:体制移行前から見てきましたが、率直なところ「こんなに変わるんだ」という実感がありました。これまでも「コーポレートガバナンスの実効性向上とコンプライアンスの徹底」をマテリアリティの重点領域の一つとして掲げ、私自身も尽力してきたつもりですが、新体制になってより率直に話せるようになりました。移行前は取締役会のほぼすべての議題に上級執行役全員が参加して議論していましたが、移行後は山田進太郎さん(取締役 兼 代表執行役 CEO)と江田清香さん(執行役 SVP of Corporate 兼 CFO)の2名がメインとなりました。ほかの上級執行役員の方々は自身の管掌・関連議題のみの参加となったことで、より執行に集中できる体制になるとともに、取締役会自体の議論もよりシャープかつ活発になりましたね。

さらに社外取締役に冨山和彦さんと北川拓也さんが加わってくださったことで、議論の精度が高まってきたと感じます。私自身、社外取締役に就任したのはメルカリがはじめて。執行側、経営側として意思決定してきた経験はあっても、監督側の立場で判断するのは、情報量が違うのでまったく別ものの経験です。それでも社外取締役として、影響力を発揮するとしたら「言葉」によるものでしかありません。冨山さん、北川さんのように経験豊富な方が加わったことで、よりハイレベルな方向性を示し、いかにメルカリの企業価値を高めていくか、執行側と監督側が互いに切磋琢磨しながら議論していく。取締役会が一層進化したような気がしています。

——冨山さんは、2023年9月からメルカリの社外取締役に就任されましたが、どういった思いで引き受けられたのですか?
CEOサクセッションが
最終的なミッション

冨山:実は、私自身あまり社外取締役を引き受けないようにしていたんです。私がこれまで社外取締役を務めてきた企業は日本の伝統的な大企業、いわゆるJTCが多く、経営再建や組織改革、事業再生などに取り組んできました。あまりに忖度なくあれこれ言うものだから、早々に退任を余儀なくされることもありました(笑)。

進太郎さんとはこれまでも何度か経営についてお話してきましたが、いわゆる“創業オーナー経営者” タイプではなく、真剣に持続可能な組織構造をつくっていきたいと考えていらっしゃる。メルカリはすでにグロース期にあるスタートアップではなくメガベンチャーと言えるかもしれませんが、そうした段階の企業の経営に関心もありました。私がやる以上はCEOサクセッションが最終的なミッションでしょうから、それが果たせる環境ならば貢献できるのではないかと考え、お引き受けすることにしました。

——取締役会ではどういった雰囲気で議論が行われているのでしょうか。

篠田:事業理解に直結した話をフラットに話せる場になっていますね。例えば冨山さんが「こことここは理解したけど、この部分がよくわからないんだよね」と指摘すると、執行側からより詳細な情報が改めて示されたりして。3カ月に一度、執行役員を交えてランチ会があるのですが、その場でも「この事業のKPIは?」といった質問を投げかけると、みなさん熱意を持って話されています。

冨山:やはり判断材料は多いに越したことはありませんからね。指名委員長を拝命しているのもありますが、彼らは言うなれば”未来のCEO候補”なわけですから。執行側は日々オペレーションに取り組んでいるので、ディテールがわかっているのも大切だけど、それにとらわれすぎてしまうと本質を見失ってしまう。「何のためにやっているのか」と。CEOとして欠かせない素養は「本質」をつかんでいるかどうか。現場の最前線でさまざまな苦難を突破しながらも、俯瞰的に自分たちの立ち位置を理解し、やるべきことを見極める──。一人ひとりと話しているとだいたい見えてくるものなんです。

「任せて任さず」監督と執行の良質な緊張関係

——実際に社外取締役としていまのメルカリをどう評価されていますか?

冨山:JTCだとどうしてもコンセンサスを取ること、敵をつくらないことが第一で、“何もしない”ほうが得することもあるけど、メルカリはそういった性質が一切ないからホッとしました(笑)。

篠田:だからと言って、ある種のスタートアップ的な荒っぽさはなく、すごく真面目な会社ですよね。何事もきちんと取り組んでいらっしゃる。

冨山:ちょっと真面目すぎるくらい(笑)。スタートアップ的なアニマルスピリッツも重要だから、バランスを取ることも大切だけど、創業経営者自身がガバナンス強化に強い思いがあるのは立派ですよ。結局「ダモクレスの剣」じゃないけど、世界を見てもわかる通り、絶対権力は必ず腐敗するんです。

※注:ダモクレスの剣とは古代ギリシャにおける故事。栄華の中にも常に死の危険が隣り合わせになっていること

ただ、その裏返しかもしれませんが、社員たちはそれぞれ「自分で決めて自ら前進していきたい」という想いが強い。ここ1年を見ていて思うのは、拡散傾向が強くなっていること。ベクトルがあちこちに向かってしまうと推進力が失われかねませんから、拡散する力を生かしつつ、進むべき方向へ一つに収束させていくことが重要ですね。

——その方向性とは?
大切にしたいのは情熱、
アニマルスピリット

冨山:やはり大切にしたいのは情熱、アニマルスピリットですよね。だからこそ拡散する力が強く働くわけで、マネタイズして利益を生み出していくためには、トップダウンで統合する力も必要となる。小さな組織のときは比較的そのバランスをうまく取ることができるけど、組織が大きくなるとなかなか難しくなってくるんですよね。かと言って、ずっとマイクロマネジメントで、創業オーナー経営者が君臨し続けるのも好ましくない。拡散する力がシステマティックに一つひとつの事業に紐づき、確かな成長力となって収束していく──そんな組織構造を持つ企業になれたら“オシャレ”なんじゃないかなと思うし、メルカリならそれができると期待しています。

篠田:これまでメルカリは優秀なミッドキャリア人材を採用し、素晴らしい活躍を遂げて卒業し、また次の活躍を遂げて卒業し、また次の活躍をされる“人材輩出企業”として認知されてきました。場合によっては、またメルカリに戻ってこられるケースも珍しくない。それに加え、新卒やアーリーキャリアの若手社員がメルカリで成長して、組織の中でも卒業しても活躍するようになりました。そうした若手人材の育成力をメルカリの推進力の源泉としていけたら、持続的な成長につながるのではないかと思います。

——この1年間の取締役会を振り返ってみて、いかがでしょうか。
直面する課題は
今後もっと多様になる

篠田:この1年に関して言えば、ステークホルダーから本来期待されている企業価値まで到達できなかった。私たち取締役会としては真摯に受け止めており、執行側とも強い危機感を共有しています。順風満帆でないときこそ、この体制が試されているとも言えますし、クリティカルな意思決定をスピーディにやっていくことで、より確かな課題解決を図りたいと考えています。とはいえ、まだこの体制になってから1年。直面する課題は今後もっと多様になるでしょうから、議論や意思決定を重ねていくことで取締役会としての実効性も高めていきたいです。

冨山:監督と執行を分離するモニタリング・モデルを志向している以上、取締役会は株主をはじめとするステークホルダーの付託を受け、企業価値を向上するために連帯責任、いわゆる「フィデューシャリー・デューティ(Fiduciary Duties)」を負っているわけです。直訳すれば「信認義務」「受託者責任」といった言葉になりますが、日本ではなかなか馴染みにくい概念で、執行側に“任せたまま”になりがちです。あるいは、執行側に入り込みマイクロマネジメントに傾いてしまう。あるべき姿でフィデューシャリー・デューティを果たすとすれば、松下幸之助の「任せて任さず」という良質な緊張関係を、監督側と執行側とが構築していかなければなりません。

その中で取締役会のあるべき姿は、やはり本質的な議論を行う場であるということ。「ルートコーズ(Root Cause:根本原因)」という言葉がありますが、課題に直面したとき、執行側はどうしても目の前の課題に対処しようと必死になってしまう。そんなとき、「そもそも論」に立ち返って議論できるかどうか。執行側が疑ってもいないことに対して「はて?」と、本当の根本原因はどこにあるのかを見極めて、適切な解決方法を見いだすことが、取締役会に求められているのだと考えています。

「あらゆる価値が循環する社会」の象徴的存在に

——メルカリでは財務的インパクトとともに社会的インパクトをもたらすという意志のもと、Impact Reportを発表しているわけですが、改めてメルカリが果たすべき社会的役割をどう考えていらっしゃるか、お聞かせいただけますか。

篠田:メルカリではマテリアリティの一つとして「あらゆる価値が循環する社会の実現」を挙げています。持続可能性や気候変動問題は、ともすると危機感を煽るようなトーンになってしまいがちですが、それだけだとサイレンがずっと鳴っているようなものですから、疲れてしまうんですよね。メルカリは「楽しい」「嬉しい」といったポジティブな感情でサービスを使って、結果としてサーキュラーエコノミーを推進することができる。一般の人が普通に利用することで「あらゆる価値の循環」がもたらされ、「あらゆる人の可能性を広げる」社会的インパクトにつながっていく。メルカリはサーキュラーエコノミーのリーディングカンパニーとして、十分なポテンシャルがあると考えています。

冨山:インフラ関連やメーカーなど事業構造としてCO2を排出してしまう企業は、どうしても危機感を強調するトーンになってしまう。事業の成長がCO2排出量とトレードオフの関係にありますからね。けれどもメルカリの場合、ビジネスモデルや創業のきっかけが有限資源の有効活用ですからね。着目するのがモノであればマーケットプレイスとなり、時間であればメルカリ ハロとなる。そうした資源の循環構造をつくること、あるいは資源を有効活用することがメルカリにとってのバリュープロポジションですから、“楽しく”社会的インパクトをもたらすことができるんですよね。

で、この“楽しく”というのはビジネスにとっても重要で、“意識高く頑張りつづける”ってなかなか普及しないんですよ。財務的インパクトと社会的インパクトってトレードオフと思われがちだけど、ビジネスとして成立させることがむしろ社会的インパクトを大きくする。ですからあくまで収益にこだわり、財務的インパクトと社会的インパクトの両立を図るモデル企業として期待しています。

篠田:あとは企業としてだけでなく、働いているみなさん自身も”楽しく働く”ロールモデルになっていってほしいなと思います。楽しいと言っても、何事も本気で取り組んで、”All for One”で仲間を信頼しながらともに高い目標に向かっていく。その目標自体も未知の領域だったり、まったく新しい方法論で“攻め”と“守り”を両立しなければならなかったり……大変なものですよ。でもそうしたヒリヒリするようなやり取りも仕事の醍醐味じゃないですか。仕事を通じて新しい価値を生み出し、新しい方法論も見いだしていく……そんな働き方が広がっていくといいなと思います。.

冨山:日本で働こうとする若者にとって、ロールモデルがまだ少なすぎますよね。JTCかコンサルで働くか、カリスマ経営者が一代で築き上げた大企業で働くか、自分で起業するか……だからメルカリは、成長志向の若者にとって第三極のモデルケースになりうるんだと思います。先ほどの話とも重なりますが、企業の、あるいは事業の持続可能性を考えることは、社会の持続可能性を考えることでもあります。人権問題や環境問題に取り組まなければ、事業として存続することができません。労働者人口が指数関数的に減少し、苛烈な人手不足となりつつある日本社会において、働き手は「選べる」立場にあります。間違いなくビジネスの持続可能性は、優秀な人材に「選ばれ」つづけられるかどうかにかかっています。

優秀なビジネスパーソンから「メルカリに入ってみたい」「働いてみたい」と好感を持たれ、入社すれば気持ちよく人生を送ることができて、ある人は働きつづけ、ある人は卒業し……良質な人材が循環するエコシステムをメルカリには築いてもらいたい。さらに言えば、そうしたエコシステムがある社会はきっと豊かで愉快な社会なんですよ。私も64歳になりましたが、いつまで経っても似たような顔ぶれが並ぶような社会では、若者もなかなか希望を持てないじゃないですか(笑)。ですからメルカリには、「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」というミッションを自ら体現する存在になってほしいと願っています。

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    篠田真貴子

    Makiko Shinoda

    慶應義塾大学経済学部卒業後、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入社。米ペンシルバニア大学ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大学国際関係論修士取得後、マッキンゼー・アンド ・カンパニーにて経営コンサルティングに従事。その後ノバルティス 及びネスレにて、事業部の事業計画や予算の策定・執行、内部管理体制構築、PMIをリード。2008年にほぼ日入社、取締役CFO管理部長として同社の上場をリード。2018年に退任後、充電期間を経て、2020年3月エール取締役に就任。『LISTEN――知性豊かで 創造力がある人になれる』監訳。2020年9月より社外取締役(現任)

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    冨山和彦

    Kazuhiko Toyama

    東京大学法学部卒業、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役、産業再生機構代表取締役COOを経て、2007年株式会社経営共創基盤(IGPI)を設立。数多くの企業の経営改革や成長支援に携わる。2020年10月より同グループ会長。一般社団法人日本取締役協会会長。2023年9月より社外取締役(現任)