〜本格的な共同研究を開始し、高い倫理性や社会性を有する企業研究開発組織のロールモデル構築を目指す〜
株式会社メルカリ(以下、メルカリ)の研究開発組織「mercari R4D(アールフォーディー)」(以下、R4D)と大阪大学社会技術共創研究センター (以下、ELSIセンター)は、「ELSI」(Ethical, Legal and Social Issues/エルシー)に関する共同研究に基づき策定した独自の研究開発倫理指針を公表しましたのでお知らせいたします。また、R4DとELSIセンターは、さらなる本格的な共同研究を開始し、今後、高い倫理性や社会性を有する企業研究開発組織のロールモデル構築を目指します。
ELSIとは、倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)の頭文字をとった略語で、新たな科学技術を研究開発し社会実装する際に生じうる、技術そのもの以外の課題を予見し、多角的な視点から解決策を提案する研究分野です。
昨今のIT・テック業界では、AIと倫理、生体認証技術やデータビジネスとプライバシーといった新たな技術とその社会実装に伴う様々な面での倫理的・法的・社会的課題が生まれており、国内外の多くの企業がそれに向き合わざるを得なくなっています。また、2020年に日本政府が改正した科学技術・イノベーション基本法でも、新興技術の社会実装の際に、人文科学の知見を取り入れることの重要性が強調されました。その一方で、国内ではこの分野の産学連携の取り組みは乏しく、成功事例とそのノウハウの共有が求められています。
R4Dは、研究開発活動を通じて、メルカリのミッション「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」を目指す組織です。このミッションを中長期的に捉えたとき、倫理性や社会性に配慮することが不可欠なことから、R4Dは研究開発活動や企業活動を対象としたELSI研究の重要性に着目し、ELSIセンターの発足直後の2020年春頃から共同研究に向けた議論を重ねてきました。
本日、R4DとELSIセンターは、国内では先駆的なELSIに関する包括的な産学連携の活動として、以下の二つの取り組みを公表しました。
1.研究開発倫理指針の公表
企業活動や研究開発の倫理性や社会性が重視されるなか、R4DとELSIセンターでは時代に即して研究開発の倫理審査プロセスを見直し、社会の要請に応えていくことは不可欠であるという認識のもと、2020年よりELSIに関する共同研究に着手しました※1。2020年9月から2021年3月までの半年間、フィージビリティスタディ(少額・短期間の共同研究)を実施し、研究開発活動を対象とした倫理指針の改定と倫理審査委員や研究者を対象とした研修の開発・実施を行ってまいりました。
この度公開したR4Dの研究開発倫理指針※2は、研究開発活動全般を対象とし、責任ある研究・イノベーション(RRI※3)に向けて、メルカリのようなIT企業における研究開発活動の倫理性や社会性を高めるための基本的な考え方を規定しています。民間企業がこのように研究開発活動全般を対象とした倫理指針を自主的に定め、かつ公開することは国内では稀です。R4DとELSIセンターは、研究開発倫理指針を外部に公開・提示することで、責任ある研究・イノベーション活動に関する議論のきっかけをつくり、人文科学分野の産学連携共同研究のモデルケースを構築していきたいと考えています。
2.本格的な共同研究の開始
R4DとELSIセンターは2021年4月より、企業の研究開発活動全般を対象とした包括的なELSIの共同研究を本格的に開始しました。この共同研究では、研究開発倫理指針にまとめた理念や考え方を、日々の研究開発活動に実装するための実践方法を多角的に開発します。なお、これらの実践的研究活動を通じて、研究開発倫理指針を繰り返し見直してまいります。
加えて、R4Dはこの共同研究を通じ、人文科学の知見やノウハウの獲得を目指します。人文科学の知見・ノウハウの蓄積およびアカデミアとの関係構築は、新たな技術や概念を社会実装する際、社会との対話を促し、中長期的な企業の競争力に繋がるものと考えます。しかしながら、企業活動や研究開発活動を対象とした実践研究を担う人文系研究者は限られており、産学でELSIに関する研究分野全般の発展や人材育成を促す必要があります。R4DとELSIセンターは、アカデミアの人文系研究者とともに企業活動や研究開発活動の倫理性や社会性を高めるための実践的な議論を深めていくことで、アカデミアの人材育成と、業界・社会全体のELSIに関する理解浸透に貢献していきたいと考えています。
【R4DとELSIセンターによる本格的な共同研究の概要】
- 研究開発倫理審査の高度化
- 研究開発倫理指針に基づいた実効性のある倫理審査を実施するために、ELSIセンターの研究者がメルカリ社内の研究開発倫理審査委員会に参加し、R4Dと共同で観察・評価・改善に取り組む。
- 個別の研究開発テーマに対するテクノロジーアセスメント(技術の社会影響評価)
- 個別の研究開発活動に対して、想像力を高めて将来の社会への影響を考えるための手法や社会の多様な価値観を取り込むため手法を試行する。
- 例:
- シナリオワークショップ等によるELSI論点マップ作成、潜在的なリスクやチャンスの可視化
- ステークホルダーや市民参加型ワークショップの開催による熟議、相互学習
- メルカリグループ全体を対象としたELSI研究の発散的探索
- 哲学、倫理学、文化人類学、科学技術社会論等の手法で、グループ全体のELSI研究課題を発散的に探索する。
- 人文学系の考察が、メルカリのミッション「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」の実現に向けて、R4Dの新たな研究課題発見に繋がることや、ビジネスに気付きを与えることを試みる。
- 研究ネットワーキング
- R4DとELSIセンターの2者間の研究活動に留めることなく、他の企業や大学、研究組織とオープンに議論を進め、実践的なELSI研究分野の発展に貢献することを目指す。
R4DとELSIセンターは、研究開発倫理指針の公開やELSIに関する包括的な共同研究を通じて、新たな科学技術をなめらかに社会実装していくための方法論を模索していきます。また、今後の活動を通じて得られた知見を積極的に発信していくことで、高い倫理性や社会性を有する企業研究開発組織のロールモデルの構築を目指していきます。
※2 研究開発倫理指針
共同研究における改定のプロセスや詳細について、ELSIセンターのWEBサイトで公開するレポート、ELSI noteにまとめています。新旧対応表も付録として添付しています。
ELSI note「「研究」倫理指針から「研究開発」倫理指針へ ― 企業の研究開発プロセスへ ELSI対応を統合する試み ―」」
※3 責任ある研究・イノベーション(Responsible Research & Innovation: RRI)
責任ある研究・イノベーション(Responsible Research and Innovation)は、欧州において2010年代に、ELSIから発展した概念として提唱された概念です。社会の多様なアクターが協働しつつ、当該科学技術が将来、社会に与えるであろう影響を考慮するための、科学技術の研究やイノベーションのプロセスを指しています。