
安居昭博氏 × メルカリR4D 文氏対談 | Impact Reportから読み解く、サーキュラーエコノミーの実践と可能性
本記事は、9月24日(水)に公開されたメルカリの最新のImpact Reportについて深掘りした内容になっています。ゲストには『サーキュラーエコノミー実践』の著者である安居昭博さんと、メルカリR4Dでリサーチャーとして環境研究を担う文さんを迎え、国内外の最新動向のほか、インパクトレポートから紐解く、二次流通がもたらす環境価値の可視化の重要性、さらには日本独自のサーキュラーエコノミーの可能性までを対談形式でお届けします。
『サーキュラーエコノミー実践(学芸出版社)』著者 / 京都市委嘱成長戦略推進アドバイザー 安居 昭博
Circular Initiatives&Partners 株式会社 代表取締役。京都市委嘱 成長戦略推進アドバイザー。ドイツ・キール大学「Sustainability, Society and the Environment」修士課程卒業。2021年、日本各地でのサーキュラーエコノミー実践と理論の普及が高く評価され、「青年版国民栄誉賞(TOYP2021)」にて「内閣総理大臣奨励賞(グランプリ)」受賞。建築・食・ファッション・イベント業界等、幅広い分野の企業や自治体に企画・ディレクション・PRとして関わる。著書に「サーキュラーエコノミー実践 ーオランダに探るビジネスモデル(学芸出版社)」
株式会社メルカリ 研究開発組織「mercari R4D」リサーチャー 文 多美
名古屋大学大学院 環境学研究科にて博士号(環境学)を取得。リユースやシェアリングによる循環型社会の実現を環境側面から探究。製品価値の定量化、消費者行動、AIによる環境負荷算出をテーマに、サステナブルなビジネスモデルの社会実装に取り組む。特に中古品利用の環境貢献を「削減貢献量」として定量的に可視化する研究を担う。研究成果は『Sustainable Production and Consumption』等、環境分野のトップジャーナルに多数掲載。
なぜ今サーキュラーエコノミーが加速するのか:欧州と日本の最新動向
– まず安居さんにお伺いします。サーキュラーエコノミーという概念が日本でも注目されるようになって数年が経ちますが、この数年で国内外のサーキュラーエコノミーを取り巻く環境はどのように変化したのでしょうか
私が『サーキュラーエコノミー実践』を出版した2021年と比較すると、Googleトレンドで見ても日本国内での「サーキュラーエコノミー」という言葉の注目度は倍増しています。当時はまだ「循環経済」と表現すべきか迷うほど手探りの状態でしたが、今は言葉だけでなく、本質的な取り組みも着実に広まっています。この背景には、単なる環境問題への意識向上だけではない、より大きな構造変化があります。
従来の大量生産・大量消費を前提とした経済(リニアエコノミー)におけるリサイクルやリユースは、いわば廃棄直前の「延命措置」でした。しかし、サーキュラーエコノミーは「そもそも廃棄が出ないビジネスモデルを設計する」という点が決定的に異なります。近年のパンデミックや国際情勢の不安定化は、資源調達のリスクを浮き彫りにし、短期的な経済合理性だけでは事業が立ち行かなくなる現実を突きつけました。「短期と長期のバランスを取り、国の仕組みやビジネスを再構築する必要がある」という気運が高まり、長期的な視点と相性が良いサーキュラーエコノミーへの注目が一気に加速したのです。だからこそ、多くの企業がこの変化を単なるリスクではなく、新たな事業機会と捉え始めています。

-資源価格の高騰や供給網の混乱は、日本でも「ウッドショック」や円安による輸入コスト増など、身近な問題として現れています。これは、企業にとって「やらざるを得ない」というプレッシャーにもなっているのでしょうか
ネガティブな「誘因」とポジティブな「リターン」の両側面があると感じています。規制強化によって「やらざるを得ない」という義務感がある一方で、先進的に取り組むことで新たなビジネスチャンスを掴む企業も増えています。例えばEUでは、製品の素材調達から製造、廃棄までの情報を追跡可能にする「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」の導入が進んでおり、サプライチェーンの透明性確保が市場で取引する上での必須条件になりつつあります。
こうした動きは、規制と捉えるだけでなく、「イノベーションを起こし、業界の先進事例となる好機」と捉えることもできます。また、こうした欧州の動きを知れば知るほど、逆に「日本ならではの可能性」が際立って見えてくるのも、この分野の面白い点です。欧州では実現が難しいことも、日本の文化や技術、地域性を活かすことで可能になるケースが数多く残されていると感じています。
メルカリのインパクトレポートから紐解く、二次流通がもたらす環境価値の可視化
–次に文さんにお伺いします。メルカリでは毎年、事業を通じて社会にもたらした影響を可視化する「インパクトレポート」を公開しています。特に中心的な指標である「削減貢献量」とは、どのような概念なのでしょうか
「削減貢献量」とは、従来使用されていた製品やサービスを、新しい技術やサービスで代替することによって生じる環境負荷の削減量を数値化したものです。これをメルカリの事業に当てはめると、「消費者が新品の代わりにメルカリで中古品を取引することで、新品の生産から廃棄までに発生するはずだった環境負荷をどれだけ回避できたか」を計算することができます。これにより、自社のサービスが環境負荷削減にどれだけ貢献できたかを、具体的な数値で示すことが可能になります。
私たちはこの考え方に基づき、メルカリで取引される製品の削減貢献量を算出しています。2022年に衣類から算定を開始し、書籍、PC、カバンなど徐々にカテゴリーを拡大してきました。今年は新たに「洗濯機」も対象に加え、年々その範囲を広げています。この取り組みは、投資家の皆様からサーキュラーエコノミーをリードする企業として評価いただくきっかけになっただけでなく、社内でも「この数値を活用して新しい取り組みができないか」といったアイデアが生まれるなど、意識の変化を促す重要な役割を担っています。
-最新のレポートでは、日米合算で年間のCO2削減貢献量が約69万トンに上るとのことですが、この数値を一般の消費者にはどのように伝えれば、その価値をより実感してもらえるとお考えですか
69万トンという数字の大きさは、国全体から見ればごく僅かかもしれません。しかし、これは「消費者の皆様が、一つ一つの中古品取引を通じて、知らず知らずのうちに環境へ貢献した結果の積み重ね」でもあります。「意識していなかった行動が、実はこれだけポジティブな結果に繋がっていた」ということを示すには、十分意味のある数値だと考えています。
レポートでは「東京ドーム何杯分」や「飛行機で東京―NY間を何往復する分」といった表現で、少しでも身近に感じてもらえるような工夫を凝らしています。ただ、正直なところ、まだ肌感覚で理解していただくには至っていないという課題も感じています。今後、消費者の皆様が「もっと中古品を使ってみよう」と思えるような、より効果的な見せ方については、引き続き模索していく必要があると考えています。

「伝える」から「実践」へ、インパクトレポートが企業にもたらす次なる価値
–安居さんは、メルカリのインパクトレポートを専門家の視点からどのようにご覧になりましたか
まず、EUでは大企業に対してサステナビリティレポートの提出が義務化され始めていますが、日本ではまだその基準さえ共有されていない中で、自主的に公開に踏み切られたこと自体が素晴らしい第一歩だと感じています。特に、69万トンという数値を「飛行機で個人が東京―NY間を32万回往復する分」と表現されていたのは、一般の方にもイメージしやすく、良い工夫だと思いました。
一方で、さらなる進化を期待する点もあります。一つは、どのような要素が計算に含まれているのか、そのプロセスがもう少し分かりやすく開示されると、生活者としての納得感や信頼性が高まるでしょう。もう一つは、欧米の先進的なレポートでよく見られる「2050年までの長期目標と、そこに至る具体的なアクションプラン」です。メルカリさんがどのような未来を描き、何を計画しているのか、個人的にも非常に興味があります。
また、これからレポートを作成される企業の方は、ベトナム発のピザレストラン「Pizza 4P’s」や、スウェーデンのオートミルク企業「Oatly」のレポートが非常に参考になると思います。
-文さんは以前、国際学会で「数値を公開すること自体が企業の責任だ」という話に感銘を受けたと伺いました。情報の見せ方だけでなく、開示していく姿勢そのものが重要だということでしょうか。
まさにその通りです。ある企業の発表者に「数値を公開することで、利用者の行動は変わるのですか?」と尋ねたところ、「それは重要ではない。まずこれを表記することで、自社製品に対する責任を果たしているのだ」、「長期的には、利用者はこの数値の価値に気づくはずだ」という答えが返ってきて、衝撃を受けました。
もちろん、みなさんに理解していただく努力は不可欠です。しかしそれと同時に、「まずは企業がどれだけの責任感を持って情報を発信するのか」という姿勢自体も、取り組みを前に進めるための大きなモチベーションになるのだと気づかされました。焦らず、そして着実に、誠実な情報開示を続けていくことの重要性を改めて感じています。
日本のサーキュラーエコノミーが次のステージへ進むために必要なこと
-今後の日本のサーキュラーエコノミーについてお伺いします。安居さんは、日本が次のフェーズへ移行するために、どのようなポテンシャルがあるとお考えですか
まず大切なのは、グローバルな潮流でもある「消費者(Consumer)」から「利用者(User)」へというマインドセットの転換です。製品を一方的に消費して終わるのではなく、修理やメンテナンス、返却などを通じて、私たち一人ひとりが製品のライフサイクルに積極的に関わる主体であると捉え直すことが、次のフェーズへの第一歩となります。
その上で、「行政がやらないと」「大企業が動かないと」と考えるのではなく、組織や個人の規模にかかわらず「今日、そして明日から自分たちにできることがある」と捉えることが重要です。日本には、世界に誇れるユニークなポテンシャルが眠っています。その一つが、修理文化の深化と、新たな価値創造の動きです。例えば、少し前まで「ボロ」と呼ばれ価値がないとされていた「継ぎはぎ」だらけの衣服が、今では職人の手がかかった「一点物」として高値で取引されています。これは、壊れたものを金で修復し新たな価値を生む「金継ぎ」の思想にも通じるものです。
さらに、この「修理」のニーズは多様化・高度化しています。例えば、20代のファッション感度の高い方は、同じ感性を持つ同世代の職人に修理を依頼したいと考えますし、一方で登山が趣味の方は、耐久性を何より重視する専門技術を持った方に修理を求めます。単に直すだけでなく、「誰に、どのように直してもらうか」が問われる時代になっているのです。また、服の「染め直し」も、奄美大島の伝統的な「泥染め」や京都の「墨染め」、徳島の「藍染め」といった選択肢が広がることで、修理が元の状態に戻す行為から、新たな個性や文化的価値を付加するクリエイティブな行為へと進化しています。
昭和に建てられたヴィンテージマンションも、新築では再現不可能な素材やデザインが再評価され、スクラップ&ビルドではなくリノベーションという選択肢が注目されています。これは、「時間を経るほどに価値が増す」という、日本人が本来持っている価値観の表れではないでしょうか。
すでに国内でも、アシックスさんや竹中工務店さんのようや大企業が本質的な取り組みを始めていますし、福岡の作業着メーカーであるワーキングハセガワさんのように、欧州の動きを視察し、いち早く自社製品にDPPを導入する中小企業も現れています。
今のような不安定な時代だからこそ、企業は自社の「らしさ」とは何かを改めて見つめ直し、短期的な経済性だけでなく、環境、文化、地域性といった多角的な視点を取り入れ、日本ならではの新しいビジネスモデルを創造していく大きなチャンスだと感じています。

-メルカリのようなプラットフォームは、今後どのような役割を期待されるでしょうか
メルカリさんのようなプラットフォームには、3つの大きな可能性を感じています。一つ目は「地域循環を促す設計」です。サーキュラーエコノミーでは、資源をできるだけ小さな地域で循環させることが理想とされています。地域ごとに出品者と購入者を繋ぎ、インセンティブを付与するような仕組みは画期的だと思います。
二つ目は「ジャンク品の修理マッチング」です。AIを活用して修理の可能性を判定したり、最適な修理依頼先をマッチングしたりする機能は、メルカリさんだからこそ実現できるのではないでしょうか。
そして三つ目が、「DPP(デジタルプロダクトパスポート)付与商品の専門カテゴリー設置」です。正規品であることの証明が付与された商品だけを扱うカテゴリーを作り、出品者にインセンティブをつけることで、リユース市場の課題である「偽造品問題」の解決に繋がり、消費者の信頼性を飛躍的に高める可能性があります。これは、プラットフォームが市場全体の健全性を高める上で、非常に重要な役割を担えることを示唆しています。
以上のような取り組みをメルカリさんならきっと実現できるのではないかと妄想しています。
(執筆・編集:上村一斗)
